「One day at a time」(一日ずつ着実に) -児童福祉の現場から-
佐々木大樹(児童相談所職員)
1. はじめに
まず、このような情報共有の「場」を用意していただいたこと、またご覧になられる方々に感謝申し上げたいと思います。
筆者の勤務する児童相談所(以下、児相)は、児童福祉法により設置が義務づけられている地方自治体の行政機関です。大きな特徴の1つは、親子の相談に応じる「相談役割」と共に、「一時保護」や「措置」の行政権限を持つところにあります。
平日・休日を問わず、今日も児相では、児童虐待の通告や、保護者から養育が困難になったと連絡があれば、確認・調査の上、必要に応じて一時保護や措置を行っています。非常事態ゆえのことだと思いますが、安全確認のため、訪問した家庭の玄関先で、除菌スプレーを吹きかけられた同僚もいます。同じようなことはおそらく全国でも起きているのだろうと思います。あまりニュースにもなりませんが(児相がニュースとして取り上げられる場合はおおかた決まっています)、これまで同様、黙々と日々、自分の役割を担っています。そのことに同じ職を担うものながら、頭が下がる想いです。私自身、「One day at a time」(一日ずつ着実に)(村上,2015,p167)、そして一時一時を積み重ねる、という気持ちで過ごしています。
2. 相談役割の中で
先に、児相には相談役割がある、と述べました。その1つに、療育手帳のための判定(検査)があります。このタイミングで、再判定の時期を迎えるお子さんも多くおられます(療育手帳は一定期間経過すると、再判定が必要となっています)。
必要な手続きではある一方、外に出ることすら不安、という親御さん、お子さんの声を聴いてきました。基礎疾患があるお子さんも少なくないため、保護者として不安になるのは当然です。国は、療育手帳や特別児童扶養手当等の再判定・再認定について、延長ができるよう通知を出しました(厚生労働省,2020a,b)。感染症対策の激務の中、こういった親子の不安に国として細やかな目配りがなされていることに敬意を抱きます。
3. COVID-19と一時保護
保護者がCoronavirus disease 2019 (COVID-19)に罹患する一方で、PCR検査において陰性となった(濃厚接触者である)児童の一時保護を行った、というニュースが流れています(日本経済新聞,2020)。この記事にあるように、家族・親族で養育を担う人がおらず、一時保護所や施設においてお子さんを保護する場合、所内感染を防ぐために、先に入所しているお子さんには、場合により、他施設で生活をしてもらうことも起こり得ます。文章にすればわずかこれだけなのですが、その裏には、他施設に行く子どもたち、見送る施設、移動を担う児相、受け入れる施設、その施設で生活している子どもたちの不安と困難があります。
児相も児童福祉施設も、児童福祉の専門家ですが、感染症についてはアマチュアであり、不安を抱えながら業務にあたっています。PCR検査において、“偽陰性”が存在することは、感染症の専門家から指摘がなされています(岩田,2020)。また、実際の感染者数は、PCR検査によって確定された数より396~858倍も多い可能性も報告されています(Doi et al.,2020)。
こういった専門家の意見を踏まえ、陰性とされたお子さんを児相の一時保護所や児童福祉施設において養育することを考えた時、東京新聞(2020)の記事で指摘されているように、早い段階で専門家である医療機関に協力いただくことが不可欠であると同時に、そのことが児童福祉の責務でもあると思われます。ですが、そのアクションは医療機関への負担をダイレクトに増やすことになってしまいます。一方で、記事内にもありますが、児童福祉関係者が自身の感染症に対するアマチュア性を意識しないまま、感染拡大を引き起こした後に医療機関にかかることの方が、より医療機関の方々の負担を増やすことは目に見えています。医療従事者の方への最大限の敬意を持ちつつ、自分として一体何ができるのか、を考えたいと思っています。
さらに、医療機関に一時保護をお願いするとしても、感染拡大の防止を考えた時、移送や付き添いにあたっては、全国の児相と児童福祉施設に、十分な医療用のマスク・ガウン・手袋・フェイスガード・消毒液といった一連の物資ならびに感染症の専門家によるトレーニングが必要となると思います。 こうした社会的養護における“欠乏と困難”は着目されにくいのですが、この現象自体は、これまでも存在していた課題、すなわち「社会的養護という領域自体のネグレクト」という課題の反復でもあるように思います。
4. 困難と変化
児相でも多くの業務の見直しが迫られています。そしてそれは、「通常業務の変更」とは質が異なるように感じています。業務の前提そのものから見直し、いつか訪れる「正常化」あるいは「復旧」に向けた動き、ではなく、新たな前提から業務を「再創造」することが求められているように感じています。
例えば、家庭内に留まることでパートナー間の暴力や児童虐待のリスクが高まる、という報道がなされています。これまで、登園・登校する子どもたちとその保護者について、保育園や学校の先生方が、見守り、時には公私を超えて支えてくれてきたことを児童福祉の関係者であれば知っています。しかし、今はそのことが以前よりも難しくなっています(朝日新聞,2020)。そして、その裏には、親子とも先が見えず、経済的にも心理的にも追い詰められた状況の中、虐待に至る寸前でなんとか持ちこたえ、凌ごうと日々を送る親子の姿があります。
こうした状況を踏まえ、国も素早く、要保護児童対策地域協議会という、既存の地域ネットワークの新たな活用による対策を通知しました(厚生労働省,2020c)。これまで要保護児童対策地域協議会は、要保護児童や要支援児童の「情報共有」が主な役割でした。現在、協議会に携わる、児相、市町村担当課、教育委員会、学校、警察、民生委員など、全ての関係者が、これまでの「情報共有」中心のあり方を再考し、主体的に支援を差し伸べる役割(アウトリーチ)を新たに担うことができるのか、という課題に共通して直面している、と言えます。
5. 児童福祉施設の子どもたち
かつて、Kleinmanらは、「社会的な苦しみ(Social Suffering)」という視点から人の苦しみを考察しました(Kleinman et al.,1997/2011)。その中で、苦しみはどれかひとつだけが単独で降りかかるのではなく、感染症、貧困、暴力などいくつもの問題が“同時に”一人の人に生じうること、そして、個人に起こる問題と社会的問題は、分かちがたく結びついていることを指摘しました(Kleinman et al.,1997/2011)。これは、パンデミックの歴史からも,同様の事実,-すなわち多重的な困難が降りかかるという事実-,が示唆されています(White,2020)。人の苦しみは、個人的なものであり、社会的なものでもあることの証左です。
そして、最も静かに、多重的に苦しんでいる人の1人が、児童福祉施設にいる子どもたちです。児童養護施設等の児童福祉施設で生活する子どもたちには、家庭内と同等、それ以上に多重の苦しみを抱えています。現在、感染症対策のため、保護者だけでなく児相職員との面会も、程度の差はあれ、制限がなされています。過酷な生ゆえに施設にたどり着いた子どもたちですが、登校はもちろん外出すらできず、保護者との面会も途絶えた、その負荷と困難は想像を絶するほどです。そして、子どもたちを、今日も黙々と支えてくれている児童福祉施設の職員の方々にとっても、それは同様です。同時に、それぞれの事情で、施設に子どもを託さざるをえなかった保護者にとっても、会いにいくことができない苦しみと不安を抱えることになります。
こうした静かで深い苦しみは、話題になりにくいものです。もしかすると、見過ごされることもあるのかもしれません。ですが、現場に立つものとして、そこに耳を澄ましたいと思います。
6. 終わりに
内田(2014)は、これまでの日本では「利己的にふるまう」ことの方が「共同体全体の利益に配慮すること」よりも多くの資源配分に預かるような例外的歴史状況だったこと、そしてその例外的歴史状況は終わりを告げたことを指摘しました。その上で、弱い立場の人の受け入れ・支援・連帯を訴えました(内田,2014)。現在の状況は、誰もが病み、弱い立場となりうる事実をよりクリアに可視化しました。しかし、それは必ずしも、結果の「平等」を意味しません。すでに最も脆弱で過酷な状況の方々に、その困難が重なって降りかかり、支援が必要とされています。
SARS-CoV-2が未知であるために、人々に分断を引き起こします(山中,2020)。それゆえに、必要となるのは、出口(2020)が指摘するように、まずもって「信頼と連帯」であり、社会的に困難を抱え、弱い立場にある方々への緊急の再配分政策の設計です(出口,2020)。被害を受けつつ、なんとか全員が生き延びること、その方法を考え、ラン・アンド・テストを重ねること、このことが倫理的であるばかりか、実践的かつ合理的ではないだろうか、と児童福祉の現場で感じています。
7. 文献
朝日新聞(2020).(社説)「家にいて」 DV 虐待防ぐ手立ても.2020年4月22日.https://www.asahi.com/articles/DA3S14450801.html(2020年5月1日取得)
出口浩明(2020).今考えるべきこと「明日への提案 – 逆境を越える」 パンデミックは、リーダーと社会の成熟度を試している.2020年4月24日.https://www.academyhills.com/note/opinion/collaborative-essay/2020es4.html
(2020年5月1日取得)
Doi,A.,Iwata,K.,Kuroda,H.,Hasuike,T.,Nasu,S.,Kanda,A.,Nagao,T.,Nishioka,H.,Tomii,K.,Morimoto,T.,&Kihara.,Y(2020).Estimation of seroprevalence of novel coronavirus disease (COVID-19) using preserved serum at an outpatient setting in Kobe, Japan: A cross-sectional study.
https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.04.26.20079822v1(2020年5月2日取得)
岩田健太郎(2020).事実に誠意を.2020年3月27日.https://georgebest1969.typepad.jp/blog/2020/03/事実に誠意を.html(2020年5月1日取得)
Kleinman,A.・Das,V.・Lock,M.(eds)(1997).Social Suffering.University of California Press.坂川雅子(訳)(2011).他者の苦しみへの責任-ソーシャルサファリングを知る.みすず書房.
厚生労働省(2020a).新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため受給資格者が特別児童扶養手当等の受給に必要な届出が提出できない場合等の対応について(令和2年3月9日付).
https://www.mhlw.go.jp/content/000609437.pdf(2020年5月1日取得)
厚生労働省(2020b).身体障害者手帳及び療育手帳の再認定(再判定)の取扱いについて(令和2年4月24日付).https://www.mhlw.go.jp/content/000625123.pdf(2020年5月1日取得)
厚生労働省(2020c)子どもの見守り強化アクションプラン.https://www.mhlw.go.jp/content/000625488.pdf(2020年5月1日取得)
村上春樹(2015).職業としての小説家.スイッチ・パブリッシング.
日本経済新聞(2020).保護者感染の子ども預かり 愛知の児相、養育困難家庭.2020年4月27日.https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58532430X20C20A4000000/(2020年5月1日取得)
東京新聞(2020).両親がコロナ感染…子どもの世話は誰が? 赤江アナの訴えが話題 病院や施設で受け入れは可能か.2020年4月24日.https://sukusuku.tokyo-np.co.jp/life/30443/(2020年5月1日取得)
内田樹(2014).呪いの時代.新潮文庫.
White,A.I.R(2020). Historical linkages: epidemic threat,economic risk,and xenophobia. The lancet,395(10232),1250-1251.
山中伸弥(2020).3種類の被害者.https://www.covid19-yamanaka.com/index.html(2020年5月1日取得)
(以上は個人の見解となります)